2026年8月5日、東京・渋谷スクランブルスクエアにて、「AI時代のインドネシア進出戦略セミナー|最前線の実務家に学ぶ、市場機会・参入ルートと越境法務の実践知」を開催しました。
本イベントは、GHP Law Firm、Gani.AI、丸の内総合法律事務所の3者が主催し、インドネシア投資促進センター(IIPC)東京事務所の特別協力、W Fundのサポートのもと、招待・申込承認制で実施されました。
当日は、インドネシア政府、日本・インドネシア双方の法律実務家、そしてAI・テクノロジーの第一線で活動する専門家が登壇。
「なぜ今、インドネシアなのか」という市場機会についてだけではなく、輸出・代理店・JV・現地法人設立といった参入ルート選択、進出後の現地法人ガバナンス、AI時代のクロスボーダー法務のあり方まで、日本企業がインドネシア進出を検討する際に直面する論点を多角的に網羅しました。
本ページでは、当日の議論から特に重要だったポイントを紹介します。
「インドネシアに進出すべきか」から、「どのように進出するか」へ
インドネシアは、東南アジア最大の人口を擁する巨大市場です。
日本企業にとっては、自動車や電機をはじめとする製造業の拠点として長い歴史を持つ一方、近年では、F&B、ヘルスケア、デジタルサービス、決済、データセンターなど、より幅広い領域で事業機会が生まれています。
一方で、市場の成長性だけを見て進出を判断することはできません。
今回のセミナーを通じて浮かび上がったのは、重要な問いがすでに「インドネシアに進出すべきか」だけではなくなっているということでした。
どの市場機会を狙うのか。
輸出、現地パートナー、JV、現地法人のどこから始めるのか。
日本本社と現地拠点の権限をどう分けるのか。
そして、増え続けるクロスボーダー業務をテクノロジーによってどう支えるのか。
インドネシア進出を成功させるためには、こうした問いを個別に考えるのではなく、一つの市場参入戦略として設計する必要があります。
当日の議論は、大きく4つの論点に整理できます。
- インドネシアの事業機会は、従来型の製造業からさらに広がっている
- 市場参入は「現地法人設立」から始める必要はない
- 進出後の成否を左右するのは、本社と現地のガバナンス設計である
- AI活用では、性能以上にデータ・責任・検証プロセスの設計が重要になる
1.日本企業にとって、インドネシアの事業機会はどこにあるのか

最初のセッションでは、インドネシア投資促進センター(IIPC)東京事務所 所長のルリー・フィトラ・ナスルッラー氏から、日本企業によるインドネシア投資の現在地と、新たな成長領域について紹介がありました。
インドネシアでは、若い人口構成と中間層の拡大を背景に、大規模な消費市場が形成されています。
自動車や電機を中心とする既存産業では、日本企業が長年にわたり強いプレゼンスを築いてきた一方で、F&B、Eコマース、テクノロジーをはじめとする領域では、さらに市場を開拓できる余地があります。
デジタル経済の拡大も重要な変化です。決済インフラやデータセンターをはじめ、デジタルサービスを支える基盤への需要が拡大しており、ジャカルタやジャワ島だけでなく、今後は他地域へも投資機会が広がる可能性があります。
また、EVをはじめとするモビリティ産業の変化など、インドネシア政府の産業政策によって新しい市場が形成されつつあることも議論されました。
重要なのは、「人口が多い」「経済が成長している」というマクロデータだけで投資を決めないことです。
自社の商品・サービスが現地でどのような需要を持つのか、どの地域・顧客層を狙うのか、競争環境や規制を踏まえてどのようなポジションを取るのか。
市場の大きさを、自社にとっての具体的な事業機会へ落とし込むことが、最初のステップになります。
2.市場参入は「まず現地法人を作る」ことではない

続くセッションでは、GHP Law Firm共同代表パートナーのナウファル・フィレインディ氏を中心に、インドネシア市場への具体的な参入方法と規制について議論しました。
海外進出というと現地法人の設立を思い浮かべがちですが、実際には輸出、販売代理店・ディストリビューターとの提携、ライセンス、JV、外国資本企業(PT PMA)の設立など、複数の選択肢があります。
どれが正解かは、企業の事業内容や進出段階によって異なるものです。
例えば製造業では、最初から大規模な製造拠点を建設するのではなく、まず輸出などを通じて市場を検証し、需要、価格受容性、物流、販売チャネルなどを確認したうえで現地投資を拡大するという段階的なアプローチが紹介されました。
これは投資額を抑えるだけの話ではありません。市場についての情報が十分にない段階で大きな不可逆投資を行うのではなく、実際の市場から得た情報を使って次の投資判断を行うという考え方です。
一方、現地法人を設立する場合には、インドネシアの事業分類であるKBLI、自社事業に適用される外資規制、必要なライセンス、投資要件、流通規制などを確認する必要があります。
インドネシア市場への進出では、「法人を作れるか」だけではなく、その法人で自社が想定するビジネスモデルを実際に運用できるかまで確認することが重要です。
さらに、現地パートナーを利用する場合も、単に販売網を持つ企業を探せばよいわけではない点も強調されました。規制対応力、財務状況、業界ネットワーク、評判、コンプライアンス体制などを確認し、長期的に信頼できるパートナーかを見極める必要があります。
市場参入戦略と法務・規制対応は別々に考えるものではなく、「ビジネスモデルを実現できる進出スキームを設計すること」自体がインドネシア市場参入の重要な戦略となります。
3.現地法人を「作った後」に、本社はどう関与すべきか

丸の内総合法律事務所の近内京太弁護士からは、日本本社の視点から、海外子会社・JVのガバナンスについて解説がありました。
海外進出では、市場参入や法人設立に注目が集まりがちです。
しかし、事業が実際に動き始めると、
「現地経営陣はどこまで自分たちで意思決定できるのか」
「どの事項について日本本社の承認が必要なのか」
「問題が発生した際、本社はどのように状況を把握するのか」
といった別の課題が生じます。
そこで重要になるのが、権限分配の設計です。
すべての意思決定を日本本社に集中させれば、現地事業のスピードが落ちます。一方で、現地側へ過度に権限を委ねれば、日本本社が把握しないまま法務・コンプライアンス上のリスクが拡大する可能性があります。
そのため、売上や金額の大きさだけではなく、リスクの性質に応じて承認事項を設定することが重要です。
例えば通常の営業活動では現地側に一定の裁量を持たせる一方、公務員との関係や寄附など、贈収賄リスクにつながり得る行為については、本社による事前確認を求めるという設計が考えられます。
また、グループ会社管理規程、現地法人との管理上の取り決め、役員の選任、株主権の行使、監査など、複数の手段を組み合わせて本社と現地法人の関係を制度化していくことも重要です。
労務、契約、個人情報、贈収賄、第三者管理など、海外事業では複数のリスクが同時に発生します。
問題が起きるたびに本社へ問い合わせるのではなく、「誰が判断し、どこから本社へエスカレーションするのか」をあらかじめ仕組みにしておくことが、持続可能な海外事業運営につながります。
4.AI時代のクロスボーダー法務――重要なのは「使うか」より「どう使うか」

最後のDeep Diveでは、Gani.AI共同創業者兼CEOのビンタン・ヒダヤント氏が、法律実務とAIプロダクト開発の双方の経験から、AIを法務・規制業務へ導入する際の考え方について紹介しました。
AIによって、クロスボーダー業務には大きな効率化の余地が生まれています。
法務リサーチ、契約書のレビューやドラフティング、多言語文書の処理、現地法律事務所とのコミュニケーション、社内ナレッジの検索など、これまで専門家の時間を大量に必要としてきた業務の一部をAIによって支援できるようになっています。
しかし、法務やコンプライアンスのように誤りのコストが高い領域では、「AIを導入したこと」そのものがゴールにはなりません。
セッションでは、特に4つの原則が議論されました。
| Competent Oversight(適切な監督) | AIから得られた出力を、人間が適切に検証できる体制を持つこと。 |
| Non-delegable Judgment(判断の非委譲) | 最終的な専門判断と責任をAIへ委ねないこと。 |
| Source Traceability(ソースの追跡可能性) | AIが示した情報について、元となる法令、規制、文書などまで確認できる状態を作ること。 |
| Quality Control Trail(品質管理の記録) | 誰が、どのAI出力を、どの業務・文書・意思決定に利用したのかを追跡できる仕組みを持つこと。 |
これらは、単なる「AI利用ルール」ではありません。
AIを組織の業務へ本格的に組み込むのであれば、データ管理、権限管理、レビュー、監査、責任分担まで含めた業務プロセスとして設計する必要があります。
特に、機密情報や個人情報を扱う組織では、利用するAIサービスのデータ保持・学習方針、外部APIへのデータ送信、アクセス権限などを十分に確認しなければなりません。
また、外部AIツールへ重要な業務プロセスを全面的に依存すると、サービス変更や提供終了、他システムへの移行といった将来的なリスクも生じます。
そのため、重要なのは「すべてを自社でゼロから開発すること」ではなく、自社がデータ、ナレッジ、ガバナンス、ワークフローをコントロールできる環境を持つことです。
汎用AIをそのまま利用するのか、専門領域向けのAIを採用するのか、自社専用環境を構築するのか。
業務の重要性とリスクに応じて適切なアーキテクチャを選択することが、AI導入の次の論点になっています。
匿名Q&Aでは、より具体的な進出課題について議論
各セッション後には、参加者から寄せられた質問をもとにQ&Aを実施しました。
インドネシアのAI規制、製造業が進出する際の投資方法、現地パートナーの選び方、販売・流通、ガバナンスなど、実際に事業を検討している企業だからこそ生じる具体的な論点について、登壇者がそれぞれの専門領域から回答しました。
例えば製造業については、最初から現地製造へ大規模投資するのではなく、輸出などを通じて需要や物流を確認し、その結果をもとに現地生産の必要性を判断するという考え方が改めて紹介されました。
また、インドネシアにおけるAI・データ関連規制についても、制度だけを見るのではなく、今後の規制動向と実際の執行状況を継続的に確認する重要性が議論されました。
セミナー終了後にはネットワーキングと個別相談の時間も設けられ、参加者と登壇者の間で、それぞれの事業を前提としたより具体的な意見交換が行われました。
インドネシア進出に必要なのは、市場・法務・組織・テクノロジーを一つの戦略として考えること
今回のセミナーを通じて改めて確認されたのは、インドネシア進出に万能な正解は存在しないということです。
市場が大きいから進出する。
規制が複雑だから進出しない。
現地法人を作れば市場参入が完了する。
AIを導入すれば海外業務が効率化する。
いずれも、それだけでは十分ではありません。
重要なのは、自社がどの市場機会を狙い、どの程度の投資リスクを取るのかを明確にしたうえで、それに適した参入ルートを選ぶことです。そして進出後には、本社と現地の権限を適切に設計し、法務・コンプライアンス・データを管理する仕組みを構築する。
さらに、増加するクロスボーダー業務を、人間の専門性とAIを組み合わせながら、再現可能な業務プロセスへ変えていく。
市場戦略、法務、ガバナンス、テクノロジーを別々のテーマとしてではなく、一つの海外事業運営モデルとして設計すること。
これが、AI時代に日本企業がインドネシア市場へ向き合ううえで、ますます重要になっています。
Gani.AIは今後も、GHP Law Firmをはじめとする各国・地域の専門家やパートナーと連携しながら、企業が複雑なクロスボーダー業務をより安全かつ効率的に運用できる環境づくりに取り組んでいきます。
インドネシアをはじめとする海外事業の法務・規制リサーチ、契約業務、社内ナレッジ管理、AIを活用した業務設計についてご関心のある方は、Gani.AI公式サイトのお問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

開催概要
イベント名
AI時代のインドネシア進出戦略セミナー|最前線の実務家に学ぶ、市場機会・参入ルートと越境法務の実践知
日時
2026年8月5日(水)18:00–20:20
会場
株式会社MIXI オフィス内 セミナールーム
渋谷スクランブルスクエア
開催形式
招待・申込承認制
主催
GHP Law Firm
Gani.AI
丸の内総合法律事務所
特別協力
インドネシア投資促進センター(IIPC)東京事務所
Supported by
W Fund(会場協力:株式会社MIXI)
登壇者
ルリー・フィトラ・ナスルッラー
インドネシア投資促進センター(IIPC)東京事務所 所長
ナウファル・フィレインディ
GHP Law Firm 共同代表パートナー・インドネシア弁護士
ビンタン・ヒダヤント
Gani.AI 共同創業者兼CEO/GHP Law Firm創業者
近内 京太
丸の内総合法律事務所 弁護士/米国ワシントン州弁護士
※本記事は、イベント当日の講演・ディスカッションの内容を編集・要約したものです。個別の法令・規制の適用は、事業内容や時点、具体的な事実関係によって異なります。本記事は特定の案件に関する法的助言を目的とするものではありません。